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第三期の鬼太郎は、ですから水木先生の原作の良さを無視して作られたわけでもないし、第一期、二期の積み上げを崩した作りになってるわけでもないんです。水木先生の作品を80年代にプレゼンテーションするためには、最善のスタイルだったんだと、僕は思ってます。
そうでなければこんな視聴率は出ないですし、こんなにおもちゃも出ないです。
本編が終わった後も、「地獄編」が続きましたしね。本当に短い回数しかやらなかったわけだけど、あれは月刊マガジン連載の「鬼太郎地獄編」を下敷きにしているわけですが、ただオシリにくっつけて回数あわせしたわけじゃないですね。
僕は地獄編には第三期を作り切ったスタッフの心意気を感じるんですね。キャラクターをきちんと描ききるためには、どうして生まれたのかとか、お母さんは誰なのかってところまでやらなきゃいけない。それから、連続ドラマとしてはぬらりひょんとの決着もつけなくちゃいけないだろう、と。
旧シリーズも、後に作られる第四期でさえ、目玉おやじも鬼太郎も最初から「いたんだよ」というスタンスですよね。第三期もそうだったんだけど、終了に際してそこはフォローしておかなくてはいけないと考えたんだろうと思う。それまでテレビではまったく描かれなかった鬼太郎の生い立ちとか、目玉おやじの誕生とか、ずっと観てくれていた子供たちに向けて、テレビシリーズの中できちんと見せておかなければいけないだろうという想いが地獄編なんじゃないか。 テレビ的にアレンジされていたとはいえ、4シリーズを通じて目玉おやじの誕生が描かれたのは後にも先にもそれ一回だったわけで。そういうところは好ましいなと思って。
(第二回に続く)
第二回は、本作ならではのツボ・小ネタの楽しさを説いて頂きます。お楽しみに!
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