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たぶんこの作品が作られたおかげで、妖怪は本当の意味で市民権を得ることができたんだと思います。
第一期、第二期の時も、大映の『妖怪百物語』('68)『妖怪大戦争』('68)といった映画が公開されたり、先駆けとして「悪魔くん」「河童の三平」の実写版が放映されたりと、妖怪ブームめいた盛り上がりはあったわけだけど、やはり初めは怪獣と明確に差別化できていなかったし、また幽霊やオカルトといったものとも分離できていなかった。一般大衆が妖怪という言葉からきちっとしたイメージを持ちにくい状況だった。
水木先生は、そうした状況の中できちんと妖怪を娯楽作品としてプレゼンテーションするために、ずっと努力をされていたわけですけど、その成果がこの第三期にはごそっと投入されているんですね。その成果を無視しなかったというのはやっぱり慧眼で、おかげで妖怪に詳しい子供が増えたこと増えたこと(笑)。
第三期放映後、妖怪ブームというより、妖怪という「ジャンル」が完成したんだと僕は思っています。これ以前にも『どろろ』、『ドロロンえん魔くん』、『妖怪伝猫目小僧』など、妖怪ものは多々あったわけですけど、それらには僕らが思い描く妖怪は出てこないのですよ。作中で妖怪と呼ばれる創作キャラクターはたくさん出てくるんだけど、どうも違う。
ところがこの、第三期の「ゲゲゲの鬼太郎」以降は、見越し入道とか油すましとか、いわゆる水木先生がプレゼンテーションした妖怪が、別なシーンで頻繁に出てくるようになるでしょう? 『地獄先生ぬ〜べ〜』や、『うしおととら』なんかもそうですけど。妖怪のセオリーが完成して、一般に定着したからですね。そうした状況を生んだ一番の功労作は、この第三期なんですよ。日本の文化の中で培われてきた様々なモノをキャラクターとして世に知らしめ、妖怪を規定したのは水木先生です。でも、この作品以前はその「仕組み」に誰も気づいてなかったんです。この第三期はちゃんとそれをわかって作られている。
現在の妖怪文化の有り様というのは、もちろん水木先生の才能と努力、卓越したプレゼンテーションのたまものではあるわけですが、やっぱりテレビの影響ってすごいですからね。テレビという意味では第一期、二期のヒットがあってこその第三期ではあるんですけど、妖怪文化を俯瞰して見た時に、旧シリーズはあくまでもベース作りをした作品として位置づけられるんだと思うんです。そのベースに乗っかって、きちんとセオリー通りに、一般の、すごく大勢の人に向けて、「妖怪っておもしろいよ」、「水木しげるってすごいよ」、「鬼太郎ってかっこいいよ」って教えてくれたのがこの作品なんですね。第三期「ゲゲゲの鬼太郎」の爆発的なヒットというのが、現在我々が持っている妖怪観の普及を後押しする形になった。妖怪文化というキーワードから見ても貴重な作品ですよね。
それから、旧シリーズ放映時はゲゲゲハウスみたいなおもちゃがありませんでしたしね。せいぜい幼年誌の付録。ジオラマっぽいのが付いてたりすると、ものすごく嬉しかった。紙なんですが。で、こんなおもちゃは出来ないかなぁと思ってたんですよ、子供の頃。で、それがいい年になってから出た(一同笑)。
こんなのが昔出てれば!と思いましたよ正直。いまさら遊べませんからね。ゲゲゲハウスとかゲゲゲ妖怪城とか、次々と出したでしょう? あー、幼児の頃これで遊びたかったと、すごく思った。で、たぶん同じように思った人が作ったんでしょうね。どんぴしゃだったんですよ、戦略的にも。時流にも合っていたんでしょうね。
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